66%というブランドを立ち上げたとき、様々なブランドとコラボをしていこう、という中に”現存する”ブランドのみ、という縛りはなく、ヨーヨーの歴史に名を残してきた名機をコレクションしていきたいという気持ちがありました。
そんな中、活動を終了していたHSPINのPYROは当初から念頭に置いていた”必ず”復刻させる機種として企画を温めていました。
HSPINについては歴史をまとめてありますのでこちらを御覧ください
2012年のブランド活動終了後、HSPINドメインのメールアドレスでしか連絡を取ってこなかったため、2016年、66%の活動開始に当たり、コンタクトをしたものの、連絡が取れない状況が続きました。いくつかの手段で連絡を取ろうと試みたものの、一度ヨーヨー界から身を引いた状態だったのでコンタクトを取っている人が身近におらず半ば諦めた状態でした。そんな中、LikedInというSNSに本人がいるのを見つけ、2017年11月にメールをしたところ、連絡がありコミュニケーションがスタートしました。
66%のブランドの趣旨説明とPYROについての連絡をしたところ、当時のオリジナルの図面、パターンのデータ一式が送られてきました。
活動終了となっていたHSPINですが、実は活動終了後も、後期のデザイナー、エイドリアン氏のデザインでLittleEvilという小さなヨーヨーをヨーヨーサムというアメリカのヨーヨーショップコラボ限定モデルで発売をしていました。
そのときにいつかLittlePyroはやりたいよね、という気持ちは持っていたそうです。2018年に入り、エイドリアン氏から温めていた図面が送られてきました。LittleEvilと同じステンレス素材のモノメタルでパイロのオリジナルに忠実な形状でそのまま66シリーズとして発売できるものでした。
ここで企画者サイドとしては外せないこだわりが出てきます。いままでの66シリーズはヨーヨーのキャラクターを自分たちの目線で見出し、その特徴を外さずにディフォルメを加え、形にしていくかという作業をしてきました。
EdgeBeyondの世界チャンピオン使用モデルに負けない”使いやすさ”の追求や、ステルスオーガの”最凶の回転力”、スレイプニルの洗練された”モノメタルの完成形”、シャッターの”内側のフェイス部分へのこだわり”などです。
ではPYROのキャラクターってなんだろう、と思ったときにその名前の通り、炎をイメージするフレームパターンは外せない、あと絶対に
赤
の本体。パイロは発売された初回のカラーが赤でその後いくつかの限定カラーやバージョン違いが出されましたが圧倒的に赤のイメージでした。
なのでPYRO66をスタートさせるにあたって赤は外せない課題の一つでした。しかしステンレスはアルミニウムのアルマイト加工と違い、着色方法に制限があり、赤いステンレスというのは一般的ではありません。まずはステンレスを赤くできる工場を探すところからのスタートとなりました。
いろいろなつてを使い、赤くできるところを探したところ自由な色で着色できる、という工場を見つけて、コンタクトをしてみましたが条件が合わずまた欲しい赤、にはならないということでプロジェクトが頓挫します。ここまででかなりの時間が経過してしまっていました。
赤を諦めてステンレスオンリーで作ればよかったのですがもう一つ、ステンレスのモノメタルでPYROを仕上げなかった理由があります。赤くないPYRO66はすでに存在していたためです。
AODAのこのヨーヨーの存在です。
この企画をスタートするまで気がついていなかったのですがPYRO66とも言えるミニチュアのPYROになっていて、今回制作しようとしていたものに結果的にかぶってました。
中国の当時はDif-e-Yoやヨーヨージャムのデッドコピーが出回っていました。HSPINもENVYが作られていた、という記憶はありましたがPYROは見かけた記憶がなかったのでHSPINは中国では殆ど知られてないと思っていました。AODAのこのヨーヨーがパイロオマージュでしかも使いやすく、ベアリングサイズもAサイズというPYRO66そのまんまのデザインであることに衝撃を受けました。過去の作品と同じようなものを作ってもつまらない、というのがステンレスのモノメタルから変更する一つの理由になりました。
話がそれますが火力少年初期シリーズ当時のAodaは”コピー商品”主体のブランド展開だったのですが、Auldeyに次ぐ売上を誇り、またボールになるヨーヨーなど、ヨーヨーのデザインもしっかりして性能的にきちんとした物作りをしていました。その後ヨーヨーデザイナー、プレイヤーとしても活躍するスーパーワイドをデザインしたチャンツァーリン氏を排出したり、ヨーヨー界にも影響を与えます。888をサイズDベアリングで設計して100万個以上販売して記録を打ち立てたのもヨーヨーデザインの素晴らしさと先見の明があったからです(コピー品であることは論外ですが)。中国国内で政治力を持っていたAuldeyがAodaを封じ込めなかったのはオーナーが親族同士で、”本物”と”偽物”を身内で作ることで業界のトップに君臨し、それ以降の便乗してくる会社を締め出すという中国以外では考えられないマーケティング手法をとっていたためです。AODAの黄金期はそこで終わり、プロモーションのたびに新しいヨーヨーを出しますが内部のエンジニアが抜けて明らかに失速したヨーヨーブランドでした。他のカオス系ブランドに比べるとAODAは芯が通ってるのでコレクションとしても面白いものが多いです。
話をもとに戻すと赤い本体でフレームパターンを入れるためにはやはりアルミニウムの本体以外ありえない、という結論になります。
本体が軽いのでどこかにウエイトを付けないといけない=PYROのバイメタル化
66%のブランドコンセプトが縮小、キャラクターを活かすというのは説明をしてきたと思いますが、当時モノメタルだったヨーヨーをバイメタルに”進化”させてしまうのは趣旨からそれているような気がします。ではアルミニウムで”ミニチュア”のパイロを作れば形は全く同じで満足できるのものが作れますが、本体の重さが軽すぎて約20gと全く使い物にならないモデルになってしまいます。
またパイロのキャラクターで一番強烈なのはやはり赤でフレームパターンが入っている、ということに尽きる、と結論つけました。使いやすさでブレイクした機種でもなく、当時のハイエッジのデザインを現在に復刻させてもいまの感覚で”使いやすい”という評価を引き出すことは難しい、ならばヨーヨーとしてきちんと使えるのはもちろん、最優先の課題は”見た目”にこだわった機種にしようという方向性に変わりました。
外周にリムとしてつけてしまうとPYRO感が失われて66%ブランドのヨーヨーではなくなってしまします。少なくとも真上から見たときはPYROと同じ見た目である必要があります。直径が38mmのヨーヨーのインナーリムは回転力を伸ばす効果は外周ほどは期待できません。ヨーヨーの性能を引き上げる方向ではなく、重さを確保していくためのバイメタル。
インナーリムにすることで、見た目と重さの確保という両方を目指す方向にしました。
図面検討で1年以上が経過してしまいましたがついに試作がスタートします。
見た目重視の試作。重さは54g。図面の段階で軽いことは把握していたのですが実際に振ってみないとこのサイズのインナーメタルのフィーリングは今までにないヨーヨーなので想像がつきますが確信が持てません。見た目はかなりいい線をいっています。見た目>性能(最新機種と比べて)なのでこれはこれでいいのかも、と思いましたがステルスオーガやEdgeBeyondの性能に触れてしまったものとしてはこのヨーヨーでGoを出すことができませんでした。
アルミニウムの本体はこれ以上手を加えられないのでリムで調整をしていくという作業になります。
ターゲットウエイトを60gから2g刻みで3種作ることにしました。期間が空いて、次の試作が仕上がってきました。
ん?
図面上である程度、わかってはいたものの、この角度で見たときの、フェイス部分のパイロ感が全く無い、、、試作はリムの厚みを変えて、60g、62,64gで行いました。ここで社内で意見が別れます。54gのパイロは見た目はいいけど60g台のパイロと比べるとヨーヨーの性能が全く違う。せっかく小さいけど性能はフルサイズに負けてないというブランドになってきたのにここで54gの投入は悪手だ、という意見が出てきました。ただ、この見た目では使いやすい別のヨーヨーであって、PYROとも言い難く、このまま発売するわけには行かないということでリムの形状を工夫していくことで対応できないかの模索が始まります。
また実際のパイロの直径の66%縮尺で作るとサイズが小さくなってしまい、回転力がさらになくなるので最終的な直径は38mmに決定し、66%ブランドの公式に従い、縮尺比率似こだわりのあるシリーズではなく、約2/3スケールのPYRO66となりました。
改善点として検討したのは窓の部分を大きく取りその分、ウエイトを後ろに伸ばしていくことで重さを確保しつつ、見た目もPYROに近くしていくという方法です。この方向ならば重さの確保と見た目が両立できそうでした。しかし図面上はまだ60gに達しない重さ。これ以上リムを厚くすると2ndと同じになってしまうため、どこかに重さを出したいとなります。
もう一つパイロを作っていく上でのこだわりがサムグラインドにも役立ったリムの内側への出っ張りです。当初はこれをインナーリムに置き換えて表現しようとしていたのですがここまでリムが扁平になるとその雰囲気も薄れてしまいます。
ならばいっそリムをボディの奥まで付ける形で伸ばして、さらに入り口にちょこっと返しがあることでPYRO感を表現できないか、という発想に至るのですがこの部分を図面に落とし込んでいく作業が難航し、また要求と加工の難易度、リムの装着方法の難しさと相まって、理想のとおりには進まず、やり取りを何回か行いミーティングも行いました。いままでの66の企画の中で対面のミーティングを一番行った機種となりました。
見た目のパイロ感と使いやすさの両立をしたモデルがようやく形になりました。この角度で見るとリムが本体の奥まで伸びてくっついているのがわかるかと思います。
3rdプロトは60gと65gで制作しました。65gはよい重さのようですが、インナーリムだったのでスリープの伸びを実感できず重さだけを感じてしまったので最終は60gでいくことにしました。
2016年に企画をHSPINに届けようとアクションをしてから3年、2019年にようやく形になります。
初回の試作から、外側の形状はほぼ変更なく、リムの形をヨーヨーの性能を引き出すだけではなく、見た目のPYRO感を成立させる(底のフェイス部分を隠しすぎない)方向へ試作を繰り返すという66%プロジェクトならではの苦労がありました。
今プロジェクトが完結した2020年になって振り返って思うとインナーリムのこの形状はG&Eシリーズで採用されていた形状なのでPYRO66にHSPINのG&Eの血も入った形、と言えるかもしれません。